「泥棒かささぎ」の作曲者、ロッシーニ(1792~1868年)にはコアなファン層が存在します。フリーアナウンサー、コンサート・ソムリエで、日本ロッシーニ協会副会長を務める朝岡聡さんもその一人。そんな朝岡さんが語る「泥棒かささぎ」の“見どころ、聴きどころ”とは。
■テーマソングのインパクト
「泥棒かささぎ」というオペラを実際に生でご覧になった方は、少ないと思う。名前も初めて聞いた人も多いだろう。さて、そんなオペラの面白さと美しさを何と語ろうか…。そんな私の心に浮かんだのは、昔懐かしいテレビドラマ「水戸黄門」である。
想い出していただきたい。最初のテーマソングのインパクト!「人生楽ありゃ、苦もあるさ…」。有名なメロディでしたよね。実はこのオペラの序曲も、コンサートで単独で演奏されるほどの有名曲。小太鼓の連打から始まる壮麗な音楽がまことに印象的なのだが、この冒頭のドラムロールは、初演当時の聴衆にとって「ええっ!」と驚くものだったに違いない。何故ならそれは昔の習慣で処刑の合図だったから。
■主人公のピンチを救うのは・・・
となれば、ストーリーにも興味がわく。主人公は村の地主に仕える小間使いニネッタという娘で、地主の息子と相思相愛なのだが、銀食器を盗んだ嫌疑に加え、父親が軍隊を脱走したのをかくまって窮地に陥る。彼女に横恋慕する村の代官を袖にしたのも手伝い、ついに死刑宣告を受けてしまう。だが処刑寸前に急転直下無実が明らかになって、めでたしめでたしの結末。ただし解決のカギは「葵の御紋」ではなく、盗みの真犯人が鵲(かささぎ)なのが判明したこと。ちなみに、この鳥は光るものにとても関心があるそうだ。
庶民が主役。村の悪代官が登場したり、父と娘の涙の愛情場面あり、ニネッタの無実を信じる家族や恋人の心情描写あり、最終場面での劇的ハッピーエンド…このあたりも有名時代劇とよく似た展開。観る人を飽きさせず、まこと起伏に富んだストーリーだと思う。
■父・娘・悪代官、三つどもえのスリル
しかし、このオペラの魅力は何といってもロッシーニの音楽にある。先に触れた序曲では華麗な「ロッシーニ・クレッシェンド」が楽しめるほか、善良で誠実なニネッタと邪悪な代官の性格を、音楽的にも見事に絡めている。
お楽しみのソロは、ヒロインのニネッタと恋人のジャンネットがそれぞれ登場時に歌うアリア。特にジャンネットの歌う「おいで、この腕の中に」は、華やかな装飾が散りばめられており、聴きごたえ十分! 彼らの喜怒哀楽が超絶技巧の歌唱で表現されるのを聴くのは至福の境地。この二人は第2幕でも、愛の二重唱的な切々たる歌唱を披露してくれる。
このオペラでは、主人公ニネッタはほとんど出ずっぱりなのだが、恋人ジャンネット、父親や代官、友人の若い農夫ピッポらとも素晴らしい重唱を随所で繰り広げる。特に第1幕最後の3重唱は、ニネッタに迫る代官と軽蔑するニネッタ、物陰からこれを眺めて憤慨する父フェルナンドの三つ巴が音楽的にもどんどん発展していく。
■必聴! 裁判シーンの5重唱と合唱
そして、第2幕のニネッタの裁判シーンの5重唱と合唱が、これまた素晴らしい。嘆きや怒りが渦巻く混乱の場面なのに、なんと心浮き立ってしまう音楽なのか! この音楽を聴く時の心の昂ぶりといったらない。これがロッシーニだ!その快感は熱き鼓動となる…。
物語の最後は、荘厳な葬送行進曲に祈りのアリアが続く。まるで宗教曲のようなシリアスさが漂った直後、音楽が長調のアレグロにガラッと転換。ニネッタの無実と放免、さらに父との感動の再会と歓びが刻々と描かれてゆく。このあたりの急展開も、ロッシーニの筆にかかれば心地よい音楽絵巻そのものだ。
■「ロッシーニの神様」の薫陶を受けて
フェスティバルホールでは2015年に「ロッシーニの神様」こと故アルベルト・ゼッダ指揮の「ランスへの旅」、2018年には園田隆一郎の指揮で「ラ・チェネレントラ」と、ロッシーニものが上演されてきた。今回も、指揮の園田を始め老田裕子、小堀勇介、伊藤貴之とゼッダ翁の薫陶を受けたメンバーに加え、関西の実力歌手も多く名を連ねる。
このオペラ、あなたを確実に幸せにするはず。
朝岡聡(日本ロッシーニ協会副会長、東京藝術大学客員教授)
(「festival hall News」vol.34/2021春号から転載)
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